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紹介されても、なんていっていいのかわからなかった。
私 「ハイ。」 ジミー 「ウー。」 そういって、笑って見せた。 アンはとてもボーイッシュで大ざっぱな性格だったので、 どうやって、ジミーのめんどうをみているのか まったくわからなかった。ましてや、食事になると よけいにイメージすることができなかった。 そんな心配をよそに、アンはザックザックと食べ物を ジミーの口の中に運んでいった。 ジミーもそれにこたえるかのように一生懸命口を開けて 食べようとしていた。 半分ぐらいの口に入れた食べ物は、ぼろぼろとこぼれていた。 私は圧倒されていた。 アンのジミーを普通に扱う態度に、感動を覚えた。 どう対応したらいいのかわからないで、 一人で勝手に気を使っている自分自身にハンディを感じた。 アンは、普通にジミーに話しかけていた。 「もう、おなかいっぱい?」 ジミー 「ウー。」 私は何て話しかけたらいいのか、わからなかった。 アンがわたしに何か話してみたら、とすすめた。 私は、いろいろと考えた挙句、「今、何歳?」とジミーに聞いた。 もちろん、ジミーは話せないのはわかってた。 どうやって私は、彼を理解することができるのだろう、と疑問に思ってた。 するとジミーは手元にあった木でできた、A-4ぐらいの大きさの 本を、パカッと開けた。 その木の本にはたくさんの日常よく使う単語や、アルファベット、数字など が、並べかかれていた。 ジミーは震える指を2と7の上に置いた。 ジミーは27歳なのだ。 すると彼は、you という単語と?マークを指差した。 私は18才です、とこたえた。 彼はにっこり笑って、country?と指した。 私は「日本人です。」とこたえた。 ジミーは「日本はいい国です。日本をもっと知りたいです。」と言った。 日本がいい国なのか悪い国なのか考えた事がなかった私にとって、 ジミーが自分の国をいい国と言ってくれたのが、うれしかった。 私は自分が日本人なんだとこのときはじめて自覚した。 同時に、私は自分が強い先入観を、ジミーのようにハンディを持っている人に 抱いているんだとあらためて思った。 彼が、日本をもっと知りたいといったとき、正直なんであなたが?と思ってしまった。 彼は本当にそうおもって、隆司にいったんだよ、とアンが私に 気を使っていってくれた。 自分が恥ずかしかった。 そんな事は、まったく気にせずジミーは、自分の夢について語り始めた。 ちなみにここまでの二人の会話に20分は費やしている。 でも私は、かかる時間よりも彼の言おうとしていることに強い興味を持った。 私は彼のウッドブックに集中した。 ジミーは、社会福祉を専攻していて、修士号を目指している。 全部終了するまであと3年はかかる。 私はジミーに聞いた、「なぜ修士までいくの?バチラー(4年制)でも充分じゃない?」 ジミー 「私みたいな境遇の人で、修士号を取れるのはほとんどいない。 だからこんな私が取れば、ほかのみんな(ジミーと同じ境遇の人達) も自分も出来る、と思えるでしょう。」 つづけて、「卒業したら、できるだけ多くの私みたいな人達に、私が学んだ事を 伝えたい。私は、私みたいな境遇の人達が、幸せに生きれたら 嬉しいと思う。そんな事を仕事にしたい。」 わたしは、「素敵な夢ですね。」といった。 そうすると、ジミーは「あなたに出会えてハッピーです。」とウッドボードで私に伝えた。 そういう言葉を今まで一度も言われたことがなかった私は、戸惑いながら 「ありがとう」といった。 するとアンが「ジミーは長くてあと5~6年しか生きられないのよ。ジミーの病気は 余り長生きできないの。」とジミーのいる前で、言った。
by takashiuchino
| 2006-02-18 01:51
| アメリカ放浪記
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